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僕の研究室には、一年ほど前から妖精が住んでおります。
妖精といいましても、褐色の肌に口元に蓄えられた立派なひげ、
そしてつるっと禿げ上がった頭に強烈な体臭を放つ40過ぎのおっさんです。
”留学生”という名のおっさんです。マリオさんと言います。
この中東からやってきた謎のおっさん、相当なツワモノでして
研究室のパソコンでエロサイト見てウィルスに感染させたり
ホームシックにかかって不登校になったり
誤って自分のパソコンから謎の民族音楽を大音量でいきなり流して
研究室の時を止めたりとこれでもかと暴れまくってくれたわけです。
お前、留学生じゃなくてスパイだろ。
で、このマリオさんですが肝心の研究をビックリするほどしない。
最初の内は日本語に不慣れであるからしょうがないと思って
見ていたんですけど、それをいいことに徐々に調子に乗りはじめ。
最終的には、マイクつきのヘッドフォンを装着し
母国と音声チャットをするまでにいたったわけです。
毎晩6時をすぎ、学生が帰りはじめると研究室にこだまする
わけのわからない言語。
『ウェイ?ウェイ?マイマイ、マリオ!ウェイ?アッハッハッ!』
音声チャットし始めた当初はさすがに気を使っていたらしく
10分ほどで終わっていたのですが、慣れていくにつれ時間はのび
長いときでは40分近くしゃべることしばしばに。
まぁ向こうが慣れるだけで、こっちは一向に慣れませんでしたけど。
ちょっと、姉さん、アナタ、
30分耳元でわけのわからない言葉聞かされ続けて見なさい?
見失う。自分、見失う。どこ。ここ、どこ。たぶん、アラブ。
その後状況はさらに悪化し、音声チャットにはまり続けるマリオさん。
やがて6時からの30分では我慢しきれなくなったのか、
研究室のメンバーがみな帰ったのを見計らって再びやってきて
再度音声チャットをするようになりまして。
泊り込みで研究室にいたある日のこと。
9時過ぎにはみな帰り、1人ごそごそ実験をしてますと
11時あたりにマリオさんがのそりと現れ。
やはり来たか、と思い、僕が、こんばんは、と挨拶するとビクッと体を震わせ
『アハハ ナニシテマスカー?』
いや、アナタがね。
つか、前もこんなこと、あったよね?
そのままいそいそと自分の席につくマリオさん。ちなみに僕と彼の席は対面。
広い研究室で2人きり、妖精(妖怪)と、対面。
彼は最初は静かに座っていたのですが、そのうちチラチラと
こっちを見てくるようになり。ひたすらチラチラと。もう、明らかに
(イツカエル?コノ モジャモジャ イツカエル?)
そういう視線。見ないで。こっち見ないで。
(カエラナイノ?コノ モジャモジャ カエラナイノ?)
・・・・ムリ!アタイ、ムリ!!!
ちょっと、姉さん、アナタ、
広い研究室で2人きり、妖精(妖怪)に見つめ続けられてみなさい?
見失う。全て見失う。だれ。あなた、だれ。もしや、神!(ウンコに向かって)
さすがに耐え切れなくなった僕は、
12時過ぎに研究室を飛び出し夜食を買いにコンビニにいきまして。
時間をつぶすこと1時間。
そろそろチャットも終わってるだろうと研究室に戻ったところ
マリオ、まだ残ってて。
しかも僕が入れないようにドアに内鍵かけてやがっこのクソがああああ!
(夜食のパンを食いちぎりながら。)
そんなマリオさんという名のウィルスは着実に感染範囲を広げ続け
去年の冬頃にはついに研究室の電話回線を完全に侵食。
やがてなり始める電話。プルルル、ガチャ。
『はい、●×大学**研究室です。』
『アイ ワタクシ クッパ。マリオ イマスカ。』
・・・あの、マリオさん・・・
『アイアイ。ワカッテマス。ドモダチネ!アハハ!』
ワカッテ、マス、だと?
電話、4ヶ月間、毎日続きました。さすがに、ブチ切れた。(お尻が)
そんな研究室を荒らしに荒らしまくったマリオさんも、
今月の初めついに帰国しまして。たぶん。
たぶん、というのは僕をはじめ誰も挨拶されなかったから
確信が持てないということです。
あと、研究室のデジカメを彼に貸しっぱなしだったそうです。と、盗られた。
しかしながら、彼とともに過ごした一年間。
色々あったもののそれなりに付き合いもあり、
彼がいなくなったことによって少しだけ広くなった
研究室に少し寂しさも感じ。
こういった留学生との、異文化との触れ合いというのも
あながち悪いものじゃなかったなぁと思えるようになっております。
そして、今日。マリオさんとの思い出を胸に、
気持ちも新たに今日研究室のドアを開けたら
知らないタイ人が、4人。
今すぐかえれーーーーー!!!!!!!!(本気で泣きながら)
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