コイワレメガネ

【恋の毒薬+恋の奴隷】との共同企画です。


 
はじまり / つづくメッセ / 人生の命題 / 6月25日(1) / 6月25日(2)

 


 
・はじまり


 よく覚えていないのだが、あれは5月の終わりの頃だったと思う。

メッセンジャーにて、珍しくある方から話しかけられた。


 『こんばんはー。フチさん、お久しぶりです。』

 『それよりフチさん、昨日の深夜番組で、嵐が出てるやつ見ませんでした?』

 『その番組でね、おもしろい企画やってたんですよー。』

 『アフロの人がいて、その人の髪の毛に、カイワレ大根の種を植えるの。』

 『そしたら、一週間くらいでちゃんと成長したんですよ!カイワレ!』



 
「あー、そうなんですかー」



 曖昧の相槌をうちつつ、考えた。一体、この人は何が言いたいんだろうか。

・・・いや、違う。そうじゃない。わかっていた。言いたいことはわかっていたのだ。

だから、正しくはこうだ。こう思ったのだ。”コイツ、何考えてるんだ。正気?”




 
『だから、フチさんにも、できると思って。』





 できるわけ、ないだろうが。





確かに僕の髪は天然パーマで、アフロに近い性質をもっている。だから、なんだ?

アフロにカイワレの種を植える。アフロから芽がでる。うん、面白い。

だが、それはあくまでテレビでの話だ。現実とは別の世界の話だ。

一介の大学生である僕が。頭からカイワレ生やして

まともに生活できるわけがないだろうが。一体、何考えてるんだ。



 
『面白いと思うんですよねー。だから。』



 ”面白いと、思うんですよね。”

そう。人はいつもそうだ。面白いと思う、という理由だけで天然パーマに接触する。

 わけのわからないあだ名。消しゴムのかすを投げつける。割り箸を刺す。

 そして、カイワレを植える。



そこにあるのは”天然パーマへの興味”という、丸裸の欲望だけだ。


 人の欲望は、恐ろしい。

際限なく大きくなり、どこまでも黒くなってゆく。本人の自覚がないままに。

そして何よりも恐ろしいのは、欲望は時として周りの人間達をも容赦なく巻き込み

少しずつ狂わせてしまうことなのだ。







 あ、ちょっとやりたいかも。







 
・つづくメッセ


 できるわけがない。



そう思いながらも、メッセの中ではカイワレ話で盛り上がっていた。

盛り上げてしまっていた。自分で。なんでよ。なにやってんのよ、僕。


 そんな中で僕の中で一つの考えが生まれていた。



 ・・・直に頭に植えることはできなくても・・・



天然パーマは散髪すると、そのキリカスはお互いが絡みつき小さく丸まる。

それはまるで、目の粗いスポンジのように。

 こんなん、なります。




 ・・・うん。これにだったら、いけるかも。



 そう思ってしまった。そして、そのことをかのんさんに言ってしまった。

そして、メッセンジャーにあらわれる会話。




かのんの発言:

 じゃあ、いっしょにカイワレ大根うえましょう!企画で!

フチの発言:

 はい、是非!!






 はい、是非・・・・?(カイワレメガネ。決定。)




 
・人生の命題


 後になって、ようやく浮かんだ一つの疑問。






・・・なんのために?なんで天然パーマにカイワレを植えなければ、ならんの?







そして、小さい頃悩んだあることを思い出した。

悩んで、答えがでなかったことを思い出した。

なぜ、なんで僕の髪の毛だけくるくるなのか。なんのために、くるくるなのか。




もしかしたら、その答えはここにあるのかもしれない。

なんとなくそんな気がした。僕、今年で21。あほか。






 
・6月25日 (金) 渋谷


 小雨が降る、渋谷。かのんさんに髪の毛を渡す約束をしていた。

髪の毛を切りすぎた頭におちる雨のしずくが心地いい。嘘。超不快。

この企画のためだけに無理して髪の毛を切ったというそのバカ行為加減が

こういった些細なことで実感させられる。




 待ち合わせの場所へ急ぐ。

その道すがらふと気づいたことは、彼女と会うのがこれで二度目ということだった。

メッセでは何度か話したことがあるものの、実際に会ったことがあるのは一度だけ。

・・・そんな女性に対して、僕は今、自分の髪の毛を渡すためだけに会おうとしている。

あれやね。普通に考えたら、僕、キティガイやね。



少し、憂鬱になる。



 待ち合わせ場所にたどり着くと、かのんさんはすでに待っていた。

久しぶりに会う彼女は、楽しそうに笑っていた。鬱な僕には、まぶしすぎる笑顔。

その場で少し話をしたところ、どうやらすでに少し呑んできたらしい。



  ・・・バカヤロウ。呑んできたいのは、こっちの方だ。




心の中で小さくつぶやく。そして僕らは、近くの居酒屋へと向かった。






 
・6月25日 (金) 居酒屋


 居酒屋に入った後、すぐに髪の毛を渡すことにした。

食べ物が来た後、これを出すのは、なんか嫌だ。

いや、僕自身はまったくかまわないのだが、相手が嫌ではないかと考えたのだ。


やっぱ、嫌、だよな・・・。


一人で勝手に考え。一人で勝手に沈む。ダメだ、僕の悪い癖だ。



そして僕はカバンから髪の毛を、彼女はカイワレ大根の種の取り出し。交換した。









 かのんさんは右の小さい方のビンと、
 別に持っていった袋詰めの髪の毛を持って帰った。





その際、彼女は僕にこういった。



『株分け、ありがとうございます!』






 株、分け。

あー、そういう感覚、ね。




 『株』という新たな単位が与えられた、僕の天然パーマ。

単位は重要だ。単位を与えられたものは、その存在がより浮き彫りになる。

うさぎなら一羽、人なら一人、髪の毛なら一本。つまり、そういうことだ。

・・・だから、『株』という単位を得たこれはもう、天然パーマでないのかもしれない。


ふと、そんなことを考えた。




じゃあ、今、僕の頭に生えているこれは。何なんだ・・・・?






 やめよう。そんなこと考えるのは。今、僕がすべきことは酒を飲むことだ。